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2024年2月13日火曜日

「性格」から見た画家・ゴッホ-苦難の人生から生まれた名画たち-

 はじめに  

 本邦では、「ひまわり(向日葵)」を描いた絵画でよく知られている、フィンセント・ファン・ゴッホを、今回は取り上げてみます。

 彼は、まさに「波乱に満ちた、苦難の人生」を送った人としても知られている画家です。しかも、彼の絵画が一般に受け入れられるようになったのは、彼が亡くなった後のことでした。彼の死因は銃創によるものですが、その原因については自殺説、事故説など、いまなお、謎とされています。

 彼の人生が波乱に満ちたものになったのは、彼の「運命」だけでなく、彼の「性格(気質)」が大いにかかわっているとされています。その特性について詳しく述べてみます。ちなみに、次の章で、彼の性格傾向を箇条書きにしてみました。

 本論では、彼の性格について解説した後、人々に鮮烈な印象を与える作品が生まれる上で、彼の性格が大きな役割を果たしているかもしれないことについてコメントをしたいと思います。



 ゴッホの性格特性 


1)傷つきやすさ、孤独と怒り
2)友人がいない
3)独り善がり
4)独りに耐えられない
5)被害妄想的な傾向
6)狂熱的な没頭


 

 ゴッホの具体的な性格傾向 

1)傷つきやすさ、孤独と怒り

 ゴッホは、幼少時から、「皆に拒否されている」、「誰からも相手にされてない」、「自分のやりたいことを邪魔されている」といった「感覚」をもち続けていた人だと考えられます。
 彼には生来の「過敏性」があり、まわりの人たちの些細なネガティブな言動や態度に敏感で、それに深く傷つき、結果、人との交流を避けるようになったようです。まさに、「ガラス細工」のような性格と言えます。学友は、彼を「よそよそしい」「内気」「他の子との関係をもたない」と評していたとのことです。

 彼の傷つきやすさは、時に、相手に対する「怒り」となって表されることもありました。ゴッホには「わずかな意見の違いも自分に対する全否定であるかのように受け止めて怒りを爆発させる性向があり」とされています。彼の家族は、彼のことを「うるさく」「けんか腰であった述べています。


2)友人がいない

 そのような人柄なので、当然、まわりとの人間関係がうまくいかず、まわりから「孤立」したり、まわりとの「衝突」を繰り返したりしています。結果、彼のまわりには、親友はもちろんのこと、長い間、彼との親交を続けたような友人は一人もいません。そんなゴッホが親しく付き合うことができたのは、「(動物や植物などの)自然」や、「(子どものような)単純な心の人だけだったようです。

 そのような中で、唯一のゴッホの親友と言えるのは、弟のテオです。彼は、兄弟の中で唯一ゴッホとは気が合い、また、兄のよさも欠点も理解していたと考えられます。また、ゴッホのそばにいて、彼の画家や思想家としての優れた資質や才能を認めていたのではないでしょうか。成人後は、兄から金銭を要求され続けたり、パリで同居していた時には、ゴッホの不機嫌さや独善的な長話に苦しめられたりしていても、兄との交流を保ち続けます。そのテオの支えがなければ、偉大なる画家ゴッホの誕生はなかったとされています。



3)独り善がり

 ゴッホには、自分だけが「正しい」、自分が「一番」と考え、より「一般的」な、より「常識的」な考えを受け容れようとはしない、独善的な傾向があったと考えられます。弟テオは兄のことを、「世の中の決まりごとという感覚が欠落している」と述べてます。また、ゴッホは、相手の立場に立ったものの見方や考え方が、まるでできていません。「気配り」や「気遣い」といったものは、それが必要なものだとコッホは、まるで考えていなかったように思えます。
 そのことは、彼の求愛行動にも表されています。思いを寄せる女性に対して、相手の気持ちを考慮することなく、自分の思いや考えを一方的に語り、相手を説き伏せようともします。

 画家の仲間との、絵画についての話の場でも、ゴッホは、一方的に自分の考えをまくしたてたり、相手の考えに多少でも納得がいかないと、すぐに議論を挑んだりしています。そのことで辟易させられた相手は、すべて、彼を避けるようになっていったようです。


4)独りに耐えられない

 独り善がりで、かつ、傷つきやすい性格のため、まわりの人たちとの人間関係はほぼうまくいかず、成人後のゴッホは、そのほとんどを「孤独」で送ることになります。しかし、困ったことに、彼には、独りでいることも難しいことのように思われます。つまり、孤独による「寂しさ」、「退屈さ(つまらなさ)」、「心細さ」に耐えられず、また、うまく孤独を紛らすこともできないようです。このため、彼は人との接触を渇望し、自分を理解してくれる人を追い求めます。

 先に述べたように、ゴッホは片思いの女性に「独り善がり」に求愛をするのですが、当然、そのような行動で相手から好意をもたれるはずもなく、彼は失恋をします。その時、その孤独に耐えられないゴッホは、それを埋める役割を「娼婦」に求めようとします。
 唯一の友人と言っていい弟のテオと離れて間もないのにもかかわらず、早速「君がいないと寂しい」という手紙を送り続けています。
 アルルの地で、一人、絵画の制作を始めたゴッホは、仲間を求め、アルルに来るよう、ゴーギャンを盛んに説得します。画商であったテオの勧めもあり、ゴーギャンは、アルルでゴッホとの共同生活を始めます。ただ、さすがのゴーギャンも、ゴッホの独善性や不機嫌さに耐えられず、ゴッホのもとを離れようとします。そのことと、唯一頼っていたテオの結婚がきっかけで、有名な「耳切り事件」が起こったとされています。


5)被害妄想的な傾向

 ゴッホは、対人関係がうまくいかず、人がみな彼を避けるようになった時、そうなったのは、「誰かが策略を仕掛けている」「誰かと共謀している」と考えたり、アルルの人たちとの関係がうまくいかなくなっ時には、「あちこちで毒を盛られている」と、被害的、妄想的となる傾向が見られています。
 

6)狂熱的な没頭

 ゴッホが父方の叔父の商会に就職し、ロンドンに赴任した時、ある女性に思いを寄せます。ただ、彼の思いが相手に届かず、失恋に終わった時、彼は失意のあまりひどくふさぎ込みます。その後、彼は仕事を辞め、突如、宗教家となるべく活動を始め、それに没頭します。おそらくは、失恋による痛手や孤独に耐えられず、一転、世俗を離れ、極端に禁欲的な生き方をしようとしたのだと考えられます。その活動は、貧者と同じ生活をしたり、自分のものをすべて彼らに分け与えたりした、極端なものであり、結局、伝道は行き詰りを見せます。

 絵画に対する熱中も、狂熱的なもので、まともに食事もせず、ほとんど寝ないまま、凄まじい勢いで絵を描き続けるといった行動もたびたび見られます。その傾向は、アルルで活動するようになってからは顕著でした。

 これらの狂熱的な活動は、その理由の一つとして、「孤独」がもたらす苦痛を多少とも和らげるために行われたと考えられます。つまり、何かに没頭している時だけは、独りぼっちであることを感じずにいられたからなのです。


 ゴッホの性格が偉大な芸術を誕生させた 





 まず
第一に、ゴッホの「独り善がり」な性格が、彼の絵画がきわめて「個性的」、「独創的」であることにつながっている可能性があると考えています。つまり、絵画の世界でも、まわりの画家を模倣したり、特定の流派の画風に合わせたり、他におもねるようなことを一切しなかったのではないでしょうか。また、絵を見る人に「気を遣う」ことも全くせず、あくまで自分流を「独り善がり」に貫いていったと考えられます。ひたすら、ただ独りで、「未踏の道」を歩き続けた人だと思います。その結果、見るものに、きわめて斬新で、鮮烈な印象を与えるような、新しい絵画の世界を切り開くことができたのではないでしょうか。

 さらに、すでに述べたように、ゴッホの傷つきやすさや独り善がりなどの生得的な性格が、まわりとの人間関係を損ない、彼の社会生活を困難なものにさせてきました。

 経済的に困窮し、また、自分の家族も持てず、さらに、まわりの人たちからは、「社会に適合できない人」といった烙印を押されたゴッホにとって、画家として生計を立てること、絵画を通して「人に必要とされる人間」になることが、彼の唯一の希望(ノゾミ)であったようです。今流に言えば、それがゴッホにとっての「リベンジ」であった訳です。

 また、常に孤独にさいなまれたゴッホにとって、絵の世界に没頭している時のみが、その苦痛から逃れ、かつ、高揚感を得られる時だったのではないでしょうか。

 このように、自らの性格ゆえに、そのような生き方を選らばざるをえなかった訳ですが、それでも、そのような苦難の途を「全身全霊」で歩み続けたことが、絵画に対する優れた資質と相まって、ゴッホ偉大な画家にまで上り詰めることができた理由だったのではなかったのかと考えています。

 そんなゴッホが、かりに、運よく、”普通の人”として、「穏やかな生活」を送ることができていたならば、どうだったでしょうか? おそらく、彼の名画の数々がこの世に生まれることはなかったのではないでしょうか。 


 

参考文献

1)「フィンセント・ファン・ゴッホの思い出」、ヨー・ファン・ゴッホ=ボンゲル、1914.(林卓行 監訳、東京書籍、2020.)

2)「ファン・ゴッホの生涯」  (上、下)スティーヴン・ネイフ他、(松田和也訳、 国書刊行会 2016.)

3)「ゴッホの手紙」、小林秀雄、新潮社、2020.

「ことばのクスリ」、志村宗生、東京図書出版、2023

「性格と精神疾患」、志村宗生、金剛出版、2015. 



 

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